同じ多摩美術大学出身というご縁から実現した、ダンボールアーティスト・島津冬樹さんを迎えての「ダンボール財布ワークショップ」@金沢。大盛況のうちに幕を閉じたワークショップの後に、ちょっとかしこまって対談させていただきました。東京の広告業界、さらにはグラフィック畑でアートディレクターを前職で務めていたことなど、何かと共通の話題も多い僕と島津さん。デザイナーの視点から見たダンボールの魅力や、ダンボールで食べていけるの⁉といった少しつっこんだ話題まで、ざっくばらんなダンボール談義をお楽しみください。

ダンボールの虜になるまで

久松:まず、今回ワークショップを金沢で開催するに至った経緯としては、ニュースメディアでたまたま島津さんのことを知って。「不要なものを大切なものへ」というテーマで、世界中からダンボールを拾い集めている人がいる、ということに衝撃を受けたんです。で、プロフィールを見たら、僕と同じく多摩美術大学の出身。「多摩美繋がりなら、もしかしていけるんじゃないか…?」と、思い切って連絡してみたら、本当にOKいただけて(笑)。今日はありがとうございます。

島津:いえいえ、こちらこそ。

久松:改めてになりますが、ダンボールとの出会いから教えていただけますか。

島津:はい。大学2年生の時に財布がボロボロになったので、ダンボールを使って自分で作ってみた、というのがきっかけです。それが意外と使えたので、多摩美の「芸祭」のフリーマーケットで売ってみたら思いのほか好評で。

久松:美大生の中で絶賛されたら、めちゃめちゃ自信になりませんか?

島津:いや、同級生の中では賛否両論でしたけどね、「これはどうなんだ」と(笑)。多摩美の芸祭って一般の方もたくさん来るので、その人たちに受け入れてもらえた印象でした。その後も自宅で制作を続けたりして。「ダンボールでも財布が作れるんだ」ということに、その時すごくときめいたんですよね。
翌年、初めての海外旅行でニューヨークを訪れたんですが、そこで“海外のダンボール”というものに初めて出会います。日本のダンボールとはデザインも違えば、捨てられている状況も、扱われ方も全く違う。そこに文化の違いを感じて「じゃあ、世界のダンボールってどうなんだろう」という発想につながっていって。それまでは「財布を作るための素材」としてダンボールを集めていたんですけど、この頃から「ダンボール自体の魅力」に取り憑かれていくことになります。

久松:ダンボールの“広がり”というか、その“可能性”の方に興味が行ったんですね。

島津:はい。気づいたら目的が完全に逆転していて。最初は「海外でダンボール拾って、それで財布を作ろう」と思っていたはずなのに、「今このダンボールを財布にしてしまったら、もうこのダンボールはなくなってしまう…」と思うと、カッターを入れられなくて(笑)。僕は「世界中から拾ってきたダンボールで財布を作っている人」と思われているかもしれませんが、実際は海外で拾ったダンボールで財布を作ったことって、ほとんどないんですよ。

久松:島津さんの事務所、むちゃくちゃ面白いですもんね。ダンボールが整然と、服みたいに綺麗にハンガーに吊るされている。それも「アジア」「欧米」…って丁寧に分類されていて。あれはもう「使う気ないだろう」という感じがします(笑)。もはや完全にコレクションですよね。

職業は「ダンボールを拾う人」。
まだ世にない仕事は、自分で形にしていくしかない。

久松:島津さんはコレクターでもあり、同時にアーティストでもありますよね。

島津:「アーティスト」と呼ばれるのは、自分の中ではちょっと違うなと感じていて。ここに(胸元を指して)「Carton Picker」って書いてあるんですけど、「ダンボールを拾う人」、これが僕の職業なのかもしれないと、この頃感じています。

久松:Carton Picker、めちゃめちゃかっこいいコピー。

島津:「世の中に既にある職業ではないこと」をやっていくとなると、「職業をつくる」ってほど大袈裟なものではなくても、結局は自分で形にしていくしかないんですよね。「ダンボールを拾う職業」というのはまだ世にないので…(笑)。

久松:やっぱり島津さんにとって「拾う」ということが重要なんですか?

島津:そうなんだと思います。今の時代、ネットワークを介せば海外からコンテナいっぱいのダンボールを送ってもらうことだってできるかもしれません。けど、僕はやっぱり現地に行って、現地の空気感と共に、現地で捨てられている姿を写真に収めるという、一連の旅のストーリーに価値を見出しているんです。
あくまでも「ダンボールを拾う」ということを軸に僕は活動していて、そこから派生して財布を作ったり、映画を作ったりということがある。そこから「ダンボールの魅力」や、もっと広がって「捨てられるものにも可能性がある」ということに気づいてもらえたら良いなと思っています。

SDGs?サスティナブル?
借り物でない、自分の言葉で。

久松:島津さんは「不要なものを大切なものへ」というテーマで、アップサイクルに取り組まれていると思うんですが、「アップサイクル=SDGs」と単純化して捉えられてしまうのは少し違うのかなとも感じています。そこにジレンマはありますか?

島津:それはないです。そういう風に捉えていただく分には全然構わないというか、自分の活動が何か世の役に立つのであれば、それはすごく良いことだと思っています。ただ、自分からは言わないようにしていますね。そもそもダンボールってリサイクル率が高いので、僕がわざわざ財布を作らなくても既に循環している。改めて「環境に良いことをしています」と言う必要もないですし。
あと、環境に良いから…と意識してやるよりも、入り口は「カッコいいじゃん」とか「オシャレじゃん」とか、そういう感覚的なところでありたいと思っています。そこから徐々にアップサイクルになっていることの気づきが自然にある方が良いのではないかなと。

久松:今のご時世「SDGsのために」とか、そっちが先に出てしまっている部分もありますしね。「結果的にSDGsだった」とか、そっちの方が綺麗というかカッコイイですよね。

島津:もちろん「流行り」というのもありますよね。そういう意味では僕は今恵まれているというか、時代が追い風になってくれているところはあります。これがバブル期だったら、僕って「ただの変な中年」でしかない(笑)。
反対に、SDGsの目標である2030年を過ぎたら、今度は誰もサスティナビリティとか言わない世の中になっているかもしれません。時代がどう変わっても、僕はあの時自分がダンボールに感動した純粋な気持ちを大切にしてやっていきたいし、根底は変えちゃいけないと思っています。だからこそ、既存の言葉を借りずに「不要なものから大切なものへ」という言葉を、自分なりに作って伝えているところはありますね。

ゆるさと無骨さと下心のなさと。
デザイナーが惚れ込む「ダンボール・グラフィック」

久松:ちなみに今回石川県でのダンボール・ピックはどうでしたか?

島津:面白かったですね。特に根菜系のダンボールが。源助大根とか五朗島金時とかかほくの砂丘長いもだとか。こういうのって地産地消されてしまうことが多いので、なかなか都内には回っていないんですよ。あとやはり近江町市場には、野菜や果物だけでなく、お酒やいろんなジャンルのダンボールがギュッと凝縮されてる印象でした。

久松:同じグラフィックデザインをしている身としても、「ダンボールってこんなに可愛いんだって」今回かなりテンション上がりました。この大根も根本の処理とかたまんないですよね…(笑)。これも島津さんがどこからともなく見つけてきたもので。

島津:僕が「いいな」と思うダンボールの基準って「ゆるさ」なんです。デザイナーがデザインしていなかったりもして、良い意味で「洗練されていない」ところにグッとくる。今の世の中、どれもこれも「かっこよさ/可愛いさ」を求めて新しくなっている。それには「下心」というか「狙い」みたいなものをどうしても感じちゃうんですけど、ダンボールのデザインにはそれがないんです。

久松:わかります。僕らがやっている「広告」の世界って、実体より「気分」をつくるものだから、ロジックの積み重ねみたいなとこがあると思うんですけど、ダンボールのデザインって「とりあえず名前だろ」とか、その潔さがすごく爽快なんですよね。

島津:これなんかも普通デザイナーなら書体を揃えたくなるけれど、こっちは角っとしてる(笑)。

久松:山川みかん、良いですよね(笑)。

島津:ダンボールのデザインって、20〜30年くらいデザインが変わらないことも多いので、ここだけ時代が止まっているというか。「昭和の良きデザイン」みたいなのが結構残ってたりするんです。
だから、デザインをやってる人は、ダンボールのデザインからインスピレーションを受けることって、結構あると思うんですよね。ここはこれまでやってきたグラフィックデザインに回帰するところかもしれません。

「つくる」選択肢と、「つかう」たのしみ

久松:ワークショップ用のダンボールを探しに行った時も、僕なんかは普通に積んであるところから探していたんですけど、島津さんは、台車を引いているお兄ちゃんを引き止めて、台車に敷いてあるダンボールを「これ貰ってもいいですか?」って(笑)。そんなこと突然聞かれたら「ああ、どうぞ」としか言えないです(笑)。

島津:ダンボールって意外と一期一会なんですよ。あの時台車を押している人がいなかったら、そのダンボールとは出会えていないわけで。意識して拾いはじめてみると、これが結構難しい。そこもダンボールに惹かれる理由なのかもしれません。

久松:今日のワークショップ参加された方も、ダンボールの見え方が変わりそうですね。

島津:「拾う」というところから初めているから、よりインパクトが大きいのだと思います。出会ったところから「自分とダンボールのストーリー」が始まっている。本来捨てられていたダンボールが、人を笑顔にするものに変わっている。ダンボールもきっと喜んでいるんじゃないかな。

久松:目線がもうダンボール目線(笑)。

島津:あと純粋に、「自分でつくったものを使う」って楽しいですよね。財布なら今百円均一でも売っているし、わざわざダンボールで作らなくてもいいわけですが、そこに思い入れがあったり、使い続けるというところに、価値があるんじゃないかなと。
僕ら美大生にとっては「つくる」って当たり前のことだったけど、ほとんどの人にとっては「つくる」という選択肢がなかったりする。「つくるって楽しいし、それを使うのも楽しい」、そういうことを伝える場として、ワークショップは自分には合っているなと感じています。

正直、ダンボールで食べていける?

久松:ちょっとビジネスの話もうかがえたらと思うんですが、「ダンボールで食べていけるんですか?」って聞かれることもあると思います。実際どうなんでしょう。

島津:やっぱりビジネスを考え出すと「ダンボール」って難しいんですよね。この活動を始めて12年くらいになりますけど、最初の5−6年はダンボールでは全く食べていけなかったですし。
効率的に稼ごうと思ったら、もっといろんな仕事はあると思うんですが、自分はもうダンボールに興味を持ってしまった。「その中でできることは何だろう」と考えながら活動の幅を広げてきたという感じです。そこがチャレンジングなところでもあり、苦労するところでもあるんですけど(笑)。結局はやっぱり、時間をかけて積み重ねていくしかないなって思っています。

久松:島津さんは以前東京の広告代理店でアートディレクターをされていたわけですが、その経験は何か生きていると感じますか?

島津:一度会社で働いた経験がある、ということにはすごく助けられましたね。大学時代にも「ダンボールアーティストになりたいんです」って教授に言ったら「お前は一度社会に出ておけ」って言われたんです。本当にその通りで、会社員時代にいろんな人たちと出会ったり、クリエイティブの世界ではどんな風にお金が動いているのかを学べたことは大きかった。
そのおかげで、ある意味「ダンボールの活動を守れた」のかなと思っています。会社を辞めても、イラストとデザインの仕事を続けていたので、二足の草鞋でやっていけた。単純に「ダンボールが好き」って気持ちから始まっているのに、そっちで稼ごうとして変にビジネスっぽくなるのは何か違うなと。

久松:確かに。僕も山登りが好きなんですが、「山」を「仕事」にしてしまうと、何だかうまくいかない気がしています。

島津:結局「続けたい」というよりは「好きだから続けることしかできない」という感じですよね。
ただ、「新しいことに挑戦しないといけない」とは常に思っています。ずっと同じことを繰り返していても深まっていかないし、付加価値という“武器”を自分で作っていかないといけないなと。例えば僕がダンボールの映画を作ったのも、当時は直感的にやったことではありましたが、振り返ってみれば「自分でダンボールの付加価値をつくる」ということをやっていたのかなと思っています。

ダンボール界は「魚のいないブルーオーシャン」
ダンボール好きを増やして共存共栄

久松:島津さんの活動は、他の素材でも置き換えられるように思ったりするのですが、やっぱり「ダンボール」じゃないと、ダメなんでしょうか。

島津:僕自身も「いつダンボールに飽きちゃうんだろう」と思っているんですけど、まぁ飽きないんですよね(笑)。この世界中にまだ見ぬダンボールがある中で、それを追い求めるというのは。

僕の活動の原点って、「貝拾い」にあると思っているんです。実家から10分の距離に海があって、物心着いた頃からずっとそこで貝を拾っていて。拾ったものを図鑑で調べて、標本作って、人に見せてーということを繰り返していたのですが、その頃とやってることは基本的に変わらない。「集める」ということも「調べて」「アウトプットする」ことも、「誰かに伝えたい」という気持ちも一緒。当時は「貝博士」になりたかったんですけど、今は「ダンボール博士」になりたいんです。 それでずっと「ダンボールの図鑑」を作りたいと思っていたんですが、今年ついに「carton picker finder」というアプリを立ち上げて。これは世界中のダンボールがマッピングできるサービスで、ツイッターを介してハッシュタグと位置情報を入力するだけで誰でも反映できます。

久松:ダンボール図鑑、めちゃめちゃテンション上がりますね。

島津:誰が喜ぶのかはわからないですけどね(笑)。これには「図鑑を作りたい」という個人的な想いもありますが、もう一つ「ダンボール好きな人が集まれるコミュニティがあるといいな」と思って。もはや実験に近いんですけど、「僕以外にダンボール好きな人っているのかな」というのいうのが今年のテーマ。少しずつですが投稿してくれる人がいて、すごく励みになっているんです。ゆくゆくは世界中の人が上げてくれる壮大な「ダンボール図鑑」にしていけたらなと。

久松:ダンボール好きが増えて「島津2号」みたいな人が出てきてもOKなんですか?「真似するなよ!」とかはないですか?

島津:それはないですね。僕の活動って、常に「誰かが作ったもの」に付属している活動であって、とても自分一人で囲い込めるようなものじゃありませんから。
何より、ダンボールの世界って、いわば「魚のいないブルーオーシャン」なんですよ(笑)。ダンボールに興味を持ってくれる人が増えない限り、成長していかない。だからこそだからこそ面白いなと思っているし、これからもダンボールの魅力を伝え続けて、興味を持ってもらえることを考えて続けていきたいなと思っています。

(取材:2022年12月)

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PROFILE
島津冬樹
1987年生まれ。多摩美術大学卒業後、広告代理店を経てアーティストへ。2009年の大学生在学中、家にあった段ボールで間に合わせの財布を作ったのがきっかけで段ボール財布を作り始める。 2018年自身を追ったドキュメンタリー映画『旅するダンボール』(監督:岡島龍介 / 配給:ピクチャーズデプト)が公開。SXSW(米)でのワールドプレミアを皮切りに日本でも全国ロードショー。HOT SPRINGS DOCUMENTARY FILM FESTIVAL(米)やNIPPON CONNECTION FILM FESTIVAL(独)といった各国のフィルムフェスティバルで高い評価を得る。他方で上海デザインフェスティバルなど、中国のアート・環境系のイベントに多く招聘されている。著書として「段ボールはたからもの 偶然のアップサイクル」(柏書房) / 「段ボール財布の作り方」(ブティック社)がある